橋本病とIgG4関 連硬化性疾患
2011/09/20 12:00
覚道健一1)/李 亜瓊1)/尾崎 敬1)/西原永潤2)/松塚文夫2)/宮内 昭2)
橋本病,甲状腺炎,IgG4関連硬化性疾患,自己免疫
〔臨床検査 55:★-★,2011〕
1 . はじめに
橋本病は1912年日本人外科医橋本策により初めて発見された甲状腺の炎症性疾患である1).リンパ球浸潤という病理組織学的特色から“struma lymphomatosa”と命名されている1).橋本病は,甲状腺の線維化,濾胞細胞の好酸性変化と委縮などを病理組織学的特色とする自己免疫性炎症性疾患で,通常は内科的に治療され,経過は良好とされている2).また橋本病には,予後の良い大多数と,甲状腺機能低下症に急速に進行する例や,痛みのため外科的対応を必要とする例が少数あることが知られている3,4).その差を規定する因子や病態の差を説明する知見は,最近まで知られていなかった.
甲状腺におけるIgG4関連硬化性疾患(IgG4-related sclerosing disease;IgG4RSD)はリーデル(Riedel)甲状腺炎と推定されていた5),しかし筆者らの経験した1症例では,IgG4陽性細胞の増加を確認することができなかった(未発表データ).本稿では橋本病,亜急性甲状腺炎,リンパ球性甲状腺炎の手術例17例のIgG4免疫染色結果と血液のIgG4測定が可能であった5例を含む甲状腺手術例70例の解析から明らかになった橋本病とIgG4関連硬化性疾患の関連について報告する.
2 . IgG4関連硬化性疾患
2001年に,Hamanoら8,9)により自己免疫性膵炎患者には,血清に免疫グロブリンのIgG4分画が高値であること,炎症性腫瘍様病変が特色であり,病変部に線維化とIgG4陽性形質細胞浸潤が特徴的にみられることが報告された.その後,本特集にみられるごとく,眼窩,唾液腺,肝胆道系,後腹膜,肺臓,腎臓,乳腺など全身臓器の多くの腫瘤形成性炎症性疾患に,同一の組織学的特色,IgG4陽性形質細胞の増加が報告された5).そのため,腫瘤形成性(偽腫瘍)と線維化とIgG4陽性形質細胞浸潤を共通の特色とする自己免疫性炎症性疾患を総称してIgG4関連硬化性疾患と呼ばれることとなった5,8~10).
3 . 橋本甲状腺炎とIgG4甲状腺炎の発見
甲状腺における悪性腫瘍との鑑別が必要な炎症性疾患はリーデル甲状腺炎だけではなく,甲状腺の一部に限局し,巨細胞反応を伴う肉芽腫性炎症である亜急性甲状腺炎や,橋本病の亜型とされるFVなども存在し,腫瘍類似の腫瘤形成性線維化を特色とする疾患である.このことに注目し,これらを含む橋本病13例,亜急性甲状腺炎2例,リンパ球性甲状腺炎2例の計17例の手術例を用いたIgG4の免疫染色結果から,橋本病の一部にIgG4関連硬化性疾患が見られることを報告した(図1)6).
診断基準として,IgG4とIgGの免疫染色の結果を比較し,高倍率視野でIgG4陽性細胞が20個以上であり,かつIgG4/IgG陽性細胞比率が30%以上のものと設定した.この基準に見合うIgG4陽性細胞が多い橋本病を13例中5例に見いだし,これをIgG4甲状腺炎と命名した.組織学的にはIgG4甲状腺炎には線維化,濾胞上皮細胞の好酸性変性が強く,プラズマ細胞浸潤も有意に多いことが判明した.これは他臓器におけるIgG4RSDの共通の特色を示すものであり,橋本病のFVに一致するものであった.亜急性甲状腺炎やリンパ球性甲状腺炎にはこれらの所見は見られなかった6).
さらにその後,隈病院との共同研究により血清のIgG4測定が可能であった5例を含む70例の甲状腺炎手術例の臨床的事項を含む解析結果を発表した7).70例中19例がIgG4甲状腺炎の組織診断基準を満たし,これを満たさなかった51例と臨床的事項について比較した.明らかとなった第1点は,IgG4甲状腺炎には,組織学的特色として,線維化,濾胞上皮細胞の変性/委縮の程度,リンパ球浸潤の程度がより高度であること.第2の点は,男性例がIgG4甲状腺炎群に多いこと.第3点は,発症から外科的治療を受ける期間が,IgG4甲状腺炎群で短いこと.第4点は,IgG4甲状腺炎群には甲状腺機能低下を示す例が多く,第5点は,自己抗体の値が高いものが多いことなどである.最も重要な発見は,術前血清の保存されていた5例の患者で血清IgG4の値が高く,術後低下が確認されたことである.すなわち,第6点として血清のIgG4の増加の原因は,甲状腺内のIgG4陽性プラズマ細胞にあることが証明された(図2).
今まで線維化著明な橋本病をFVと呼んでいた.橋本病は均一な疾患であり,このFVは,橋本病の終末期像であるとの考えもあった.しかし今回の筆者らの検討結果では,通常の橋本病(非IgG4甲状腺炎)が時間経過とともにFVに移行するものではなく,急速に線維化が進行し,手術対応を必要とする例が多くみられ,機能低下に進行する例が多く,このFVがIgG4甲状腺炎に一致するとの結論に至った.
4 . 橋本病の組織学的特色と亜型
橋本病は元来病理組織学的特色から規定された疾患概念である.甲状腺は全体に,均一に腫大することが多く,甲状腺の一部だけが腫大する例は稀である.外科的に切除するとき,橋本病の甲状腺は,甲状腺被膜と周囲組織との癒着がない(炎症が甲状腺内にとどまり,甲状腺外の組織に及ばない)ことが特色である.この特色は,甲状腺の悪性腫瘍性疾患やリーデル甲状腺炎との肉眼的鑑別に役立つ所見である.甲状腺の割面は灰白色から淡褐色で,通常の甲状腺の赤褐色,マホガニー色からは細胞浸潤と線維化のため白色調が増している.
組織学的にはリンパ球浸潤はリンパ濾胞の形成を伴い,濾胞上皮は好酸性の広い細胞質と核小体の目立つ大型の核を持ちHu¨rthle,oxyphilic,Askanazy細胞などと呼ばれている.線維化の程度はさまざまであり,稀に巨細胞反応を見ることもある.この時,亜急性甲状腺炎との鑑別が問題となる.橋本病には組織学的特徴の異なるいくつかの亜型が報告されている.橋本病のFVは,橋本の論文にも含まれているが,Katzら11)により再認識された.橋本病切除例の病理組織標本の約10%にみられ,通常の橋本病に比べ,甲状腺機能低下症を示す大きな甲状腺腫であることが多く,悪性腫瘍との鑑別がしばしば困難なほど,石のように固く,急速な増大傾向,頸部圧迫症状を示すことが特色である.線維化の程度は様々だが,リーデル甲状腺炎と異なり,線維化,炎症は甲状腺被膜を越えず,周囲組織に及ばないことが特色である.
このFVの病因は不明とされており,通常の橋本病の進行した末期像との考えもあった.しかし現在この考えは否定的に捉えられている.VickeryとHamlinや隈病院の大江らが時間間隔をおいて組織学的検索がされた橋本病で,このような炎症,線維化の進行はみられないことを報告しているからである.
筆者らは,IgG4甲状腺炎は,橋本病のすべての亜型にみられるのではなく,組織学的特色から,IgG4甲状腺炎は,これら橋本病の亜型のうち,FVに一致するものと考えている.このことからも,橋本病には自己免疫疾患という共通の病因があるにもかかわらず,IgG4陽性細胞の多寡,線維化の進行速度,機能低下に進行するか否かなどの病態については異なる亜型の存在する多様な疾患であることが確認された.
5 . リーデル甲状腺炎とIgG4RSD
Mayo ClinicのDahlgrenら12)は3例のリーデル甲状腺炎にIgG4陽性形質細胞の増加を報告し,IgG4RSDはリーデル甲状腺炎であると結論に達した.この3例には後腹膜線維症を含む全身のIgG4硬化性疾患を合併する症例が1例あり,信憑性を疑う点は論文からはうかがえない.リーデル甲状腺炎が大変稀な疾患であること,筆者らにはこのような症例の経験がないこと,またこの結果を裏付ける追試データの発表が大変少ないことなどから,リーデル甲状腺炎全体がIgG4甲状腺炎に一致するものではないと推定している.すなわちリーデル甲状腺炎の一部の例でIgG4RSDが関与していると解釈している.
6 . リーデル甲状腺炎と橋本病線維化型を結び付けるIgG4甲状腺炎の疾患概念
Dahlgrenら12)のリーデル甲状腺炎がIgG4RSDであるとの結論と,筆者らの甲状腺限局型IgG4甲状腺炎の経験が矛盾なく説明できる疾患概念としてIgG4甲状腺炎を定義し発表した13).すなわちIgG4甲状腺炎は2型に分類され,甲状腺限局型(臓器特異型:organ specific type)と甲状腺外臓器にもIgG4硬化性疾患を合併する型(全身型:systemic type)があり,前者は筆者らの見いだした橋本病のFVに一致し,後者はリーデル甲状腺炎に一致する疾患と解釈した.症例数としては橋本病が圧倒的に多いため,臓器限局型IgG4甲状腺炎がIgG4甲状腺炎のほとんどの症例を占めると考えている13).
IgG4関連硬化性疾患の組織学的特色とされている閉塞性静脈炎(obliterative phlebitis)が,甲状腺限局型(臓器特異型)IgG4甲状腺炎にほとんどみられないことも両者を区別する特色と考えている.これは橋本病に閉塞性静脈炎を合併したものがIgG4甲状腺炎であるとする考えを否定するものであり,この結論は今まで橋本病の組織診断基準に閉塞性静脈炎が含まれていないこととも矛盾しない解釈である.閉塞性静脈炎を伴う甲状腺炎は一般にリーデル甲状腺炎の範疇に属するものと考えられている.またこの全身型では,後腹膜線維症などの他臓器にIgG4関連硬化性疾患を合併することも特色である.
7 . おわりに
橋本病甲状腺炎は頻度の高い疾患であり,比較的予後良好な疾患と考えられてきた.IgG4RSDの疾患概念を導入したとき,予後不良の急速進行型橋本病がこれに一致することが判明し,橋本病の多様性の説明が可能となった.
文 献
1)Hashimoto H : Zur Kenntnis der lymphomatoeden Veranderungen der Schlddruse (Struma lymphomatosa). Arch F Klin Chir 97:219-248,1912
2)Pearse EN, Farwell AP, Braverman LE : Thyroiditis. N Engl J Med 348:2646-2655,2003
3)Kon YC, Degroot LJ : Painful Hashimoto’s thyroiditis as an indication for thyroidectomy : clinical characteristics and outcomein seven patients. J Clin Endocrinol Metab 88:2667-2672,2003
4)Ohye H, Fukata S, Kubota S, et al : Successful treatment for recurrent painful Hashimoto’s thyroiditis by total thyroidectomy. Thyroid 15:340-345,2005
5)Neild GH, Rodriguez-Justo M, Wall C, et al : Hyper-IgG4 disease : report and characterization of a new disease. BMC Med 4:23,2006
6)Li Y, Bai Y, Liu Z, et al : Immunohistochemistry of IgG4 can help subclassify Hashimoto’s autoimmune thyroiditis. Pathol Int 59:636-641,2009
7)Li Y, Nishihara E, Hirokawa M, et al : Distinct clinical, serological, and sonographical characteristics of Hashimoto’s thyroiditis based with and without IgG4-positive plasma cells. J Clin Endocrinol Metab 95:1309-1317,2010
8)Hamano H, Kawa S, Horiuchi A, et al : High serum IgG4 concentrations in patients with sclerosing pancreatitis. N Engl J Med 344:732-738,2001
9)Hamano H, Kawa S, Ochi Y, et al : Hydronephrosis associated with retroperitoneal fibrosis and sclerosing pancreatitis. Lancet 359:1403-1404,2002
10)Kamisawa T, Funata N, Hayashi Y, et al : Close relationship between autoimmune pancreatitis and multifocal fibrosclerosis. Gut 52:683-687,2003
11)Katz SM and Vickery AL Jr : The fibrous variant of Hashimoto’s thyroiditis. Hum Pathol 5:161-170,1974
12)Dahlgren M, Khosroshahi A, Nielsen GP, et al : Riedel’s thyroiditis and multifocal fibrosclerosis are part of the IgG4-related systemic disease spectrum. Arthritis Care Res (Hoboken) 62:1312-1318,2010
13)Li Y, Nishihara E and Kakudo K : Hashimoto’s thyroiditis : old concepts and new insights. Curr Opin Rheumatol 23:102-107,2011
*:Hashimoto’s thyroiditis and IgG4-related sclerosing diseases
1) KAKUDO Kennichi, LI Yaqiong, OZAKI Takahi 和歌山県立医科大学第2病理学教室
2) NISHIHARA Eijun, MATSUZUKA Fumio, MIYAUCHI Akira 医療法人神甲会 隈病院
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