患者の方へ

甲状腺癌はどんな病気? -医師が患者になった時-

2020/09/18

北山尚美 京都大学医学部 皮膚科学教室 大学院生

覚道健一 和泉市立総合医療センター 病理診断科/甲状腺疾患センター

[図表については http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/labo/JCJTC/about.html を参照ください。] 皮膚科医師北山は、甲状腺の異常に自ら気付き、内科の診察を受け、甲状腺癌の診断を受け、癌告知と外科への紹介を受けました。さらに別の外科医によるセカンドオピニオンを得て、治療方針を決定し、手術を体験しました。この過程で、甲状腺癌の専門家でなかった医師が、甲状腺癌を理解し、より適切な医療を選択するために、懸命に情報を集めました。この過程をここに示し、これから患者として治療を受けようとする人のために役立つ情報となることを願っています。またこのエッセイを通して、甲状腺癌の特殊性(他の癌との違いと特色)を説明することを目的としています。 ここでは、話を簡潔/明瞭にするため、32歳女性に見つかった病期Ⅰの乳頭癌に焦点を絞って、議論を進めたいと思います。甲状腺にどのような癌ができるかについては表1を参照ください(文献1,2)。乳頭癌は最も頻度の高い甲状腺癌で、甲状腺の悪性腫瘍全体の80-90%を占め、人間にできる全ての癌の中で、最も予後の良い癌です。病期Ⅰについては文献3,4を参照ください。患者の年齢が55歳以下の場合、(肺や骨など)遠隔臓器に転移がない例のすべてが、(リンパ節転移があっても、甲状腺外の周囲組織に浸潤があっても)病期Ⅰ(根治可能な初期の癌)に分類されます。すなわち乳頭癌の85%以上が病期Ⅰの乳頭癌で、このエッセイで論じていることは、甲状腺癌で治療を受ける過半数の患者に向けたものです。 甲状腺癌の診断 2019年のある日 >>北山

わたしの病気についてひとつご相談があります。

出産後甲状腺が腫れていることに気づき、昨日甲状腺専門医のクリニックを受診しました。エコーで左右の甲状腺に大きな腫瘤あり、近くのリンパ節もはれていて、微小石灰化ありということで、乳頭癌疑いで穿刺細胞診を受けました。まだ結果もでていないのですが、甲状腺癌の可能性は高いようです。(注1)

左側の大きいほうが3cmほどで恐らく甲状腺の全摘出術が必要だろうといわれました。(注2)

[甲状腺癌診断と治療の流れは表2をご覧ください。(表2)]

 >>覚道

少し心配なことですね。甲状腺癌患者の増加は世界的に今大きな話題です。(文献5,6)

低リスクの甲状腺癌の過剰診断/過剰治療が、現在世界で大きな話題となり、1センチ以下の乳頭癌の非手術的経過観察 (active surveillance) が世界のガイドラインに書き加えられ(文献7-10)、無症状の人に甲状腺癌検診をやめることが推奨されました(文献11)。すなわち『甲状腺には放置しても、手術しなくてもいい癌がたくさんある。』それほどに低悪性度の癌ですので、恐れる必要はありません。

平均的には小さい乳頭癌患者(1センチ以下の乳頭癌を微小癌と呼ぶ)の70%以上では、外科治療の必要がないようです。杉谷らの全国アンケート調査結果では、日本では、1センチ以下の低リスク乳頭癌で、ただちに手術を選択した患者は半数以下で、50%以上の患者が経過観察を選択したことが報告されました(文献12)。文献報告を集計すると、今までに2000人以上の微小癌患者が非手術的経過観察を選択しましたが、治療が手遅れとなり、甲状腺癌が原因となって死亡した患者はゼロでした。北山君の年代では、サイズが増大する例が多くあり、1センチ以下でも手術も選択枝です(文献9)。またリンパ節転移/甲状腺外浸潤がある場合ですと外科治療の対象です。筋肉その他の周囲組織への浸潤がある場合は、完全摘出を目指しそれらの臓器を含めて切除することになります。北山君の3センチの左葉の腫瘍が乳頭癌で、リンパ節転移があれば手術でしょうが、手術範囲には議論があります。外科医に術式を相談してください。術式の選択を含めた臨床ガイドラインは米国甲状腺学会、日本甲状腺学会、日本内分泌甲状腺外科学会などから出版されています。文献10,13,14をご覧ください。(注3)

 >>北山 造影CT検査で左25mm 右12mmの結節は血流の多い腫瘤でした。右総頸動脈分岐部付近のリンパ節に1cmの腫大がありました。遠隔転移はみつかりませんでした。 XX病院に問い合わせたところ予約が詰まっていて、手術は3―4ヶ月後になるとのことでした。手術を3ヶ月待つマイナスはどの程度でしょうか?開業医の先生は1日でも早く手術したほうがよいといわれたので心配です。 >>覚道 焦る必要のない悪性腫瘍なので、自分が納得してからにしてください。55歳より若い女性の甲状腺乳頭癌が、いかに無害な腫瘍かを考えて行動してください。遠隔転移が見つかるまでは病期Ⅰ(根治可能な初期の癌)、遠隔転移があっても病期 IIなのです。(文献3) まだ癌と確定したわけではないので、まず確かめましょう(表2)。画像診断と細胞診です。必要なら、左葉の大きい結節だけでなく、右葉の結節、腫大リンパ節も評価してください。良性の腺腫様結節の多発、石灰化の可能性もすこしあります。CTを拝見しましたが、まだ癌でない可能性もあります。左右の結節は被包型で、細胞診で乳頭癌だとしても低悪性度です。 >>北山 甲状腺内に二種類の腫瘍ができるというのは稀なことのように感じます。一方が他方の甲状腺内の転移ではないかと恐れています。甲状腺内の二つの結節が、一つが乳頭癌でもうひとつが良性もしくは境界悪性の別のもの、ということはよくあることなのでしょうか? >>覚道 志村によると、甲状腺エコーを用いた検診例の解析では、一般成人で20-30%の人に甲状腺結節が見つかるようです。全部が癌ではなく、0.79%が甲状腺癌でした(文献15)。良性の結節が30倍あるのですから、甲状腺癌患者に良性結節が偶然共存することはむしろ多い(20-30%には必ずある)と思います。 手術と術後の病理診断

細胞診の結果、2つの結節はいずれも乳頭癌と判明しました。セカンドオピニオンを受け、2名の甲状腺外科専門医のいずれもが、甲状腺全摘出術と右側の頸部リンパ節郭清術を、推奨治療/標準術式と推奨することを確認しました。

その後甲状腺専門病院のXX病院にて甲状腺全摘出術と右頸部リンパ節郭清術が行われました。手術標本の病理組織診断は多発乳頭癌、通常型、リンパ節転移あり、病期 I でした(pT2(m), ex0, pN1b[9/15], M0)。日本甲状腺外科学会リスク分類では中間リスク(文献16)、Ki67標識率を用いた、腫瘍の増殖分画は2%以下で、覚道の予後分類(表4)(文献17)では低リスク癌と判定されました。

 甲状腺癌は患者が死ぬ癌?死なない癌?

>>覚道

甲状腺癌は不思議な癌で、他のどの臓器の癌よりも増殖分画が低く、ゆっくりと大きくなります。子宮筋腫のようにゆっくりと大きくなると考えてください。しかし良性の子宮筋腫は転移することがない点で甲状腺癌と異なっています。癌の定義を教科書で確かめると、以下の2つの要件を満たす病変と定義されています。

1)     周囲組織に浸潤/転移能を持つ。

2)     コントロールできない細胞増殖能を持つ。

これら2つの要件を満たす甲状腺癌は、表1にある未分化癌、低分化癌、C細胞癌など、悪性度の高い癌と高分化癌(乳頭癌、濾胞癌)のごく一部(乳頭癌の高悪性度亜型、広範浸潤性の濾胞癌など)です。すなわち甲状腺癌の大部分を占める乳頭癌の通常型、被膜浸潤のみの濾胞癌等の多くは、上記の定義の内、第2の『コントロールできない細胞増殖能』を欠いています。

図1はWelchの図を改変したものですが、Welchは癌を増殖スピードから患者が死ぬ癌(赤と緑の矢印)と、患者が死なない癌(青色の矢印)に分類しています(文献5)。乳頭癌の内、通常型、病期Ⅰ期の癌の大部分は、この図の青い矢印で示した遅速増殖腫瘍(Welchはvery slow growing cancerと命名した)です。ゆっくり増殖し、患者が死亡する時にまだ小さくて患者を癌で死亡させるほどの大きさになっていません。Welchはさらに第4の自然消退する癌を加えた図を発表していますが、著作権の問題で、同じ図を使用できませんので、これを除いた独自の図1を作成しました。この第4の群は、症状を現すことなく患者は他の病気のために死亡(他病死)します。病理解剖で偶然見つかる甲状腺癌(潜在癌)がこれに属します。症状のある甲状腺癌、リンパ節転移のある甲状腺癌にも大変ゆっくり増殖するタイプが多数存在します。これを青色の矢印で示しています(遅速増殖腫瘍)。その時、甲状腺癌は患者の死因とならない(他病死する)のです。Duらは、米国甲状腺癌患者のデータ[Surveillance, Epidemiology and End Results (SEER) ]の解析で、乳頭癌患者が10年以上生存した(遅速増殖型の多い甲状腺癌)場合、乳頭癌で死亡する患者は全死亡原因の10%程度に過ぎず、他の90%の患者は、他病死(患者死亡の原因が、他の臓器にできた第2の癌、心疾患、血管疾患など甲状腺癌以外の疾患)することを明らかとしました。(文献18)

乳頭癌が、患者が死亡する癌か、死亡しない無害な癌かを知るために、隈病院伊藤らの予後データを参照してください(文献4)。病期Ⅰ期の乳頭癌患者の99.3%が術後20年生存(疾患特異生存率)します。この20年間で0.7%の甲状腺癌による死亡リスクは、30歳代の患者が20年後50歳代になる時までに死亡するリスクの総和2-3%よりも格段に低いのです。すなわち甲状腺癌のない一般人よりも、甲状腺癌患者の方が長生きする(統計学的な有意差はないが、相対生存率で計算すると100%を超える)という不思議な癌です。

さらに付け加えると、甲状腺癌患者は経過が長く、20年以上(若い世代で手術した患者は40年以上)生存するため、治療による合併症も、患者には重要です。表3のような治療合併症があります(文献19)。治療合併症の少ないのは、1)手術しない(経過観察)、2)一側のみの手術(葉切除)、3)甲状腺全摘出術、4)甲状腺全摘出術+リンパ節郭清の順序です。そのため、癌の再発が怖くて、念のために『全摘、リンパ節郭清』をするのではなく、可能な限り治療による合併症を避けるために、縮小治療が選択できないか熟慮するのです。

 <<北山:

私の甲状腺癌は、この図1でいうと、通常増殖の癌(ウサギと略す)ですか?ゆっくりと増殖する遅速増殖型(カメと略す)ですか?どのように判定するのですか?

 <<覚道

疫学者の言う、very slow growing cancer(文献5)や、IDLE(文献6)は、病理学的な診断基準と対応した診断名ではありません。これらは進行しない癌、患者を殺さない癌、治療の必要のない癌の総称で概念的な言葉です。疫学者達は、これらを検診で見つけ治療することは、社会全体にとっては悪(患者を精神的に圧迫し、治療という名目で患者に害を加え、社会と医療経済にマイナスを与える)と警鐘を鳴らしています(文献5,6,11,20-22)。一方、増殖能から見た病理組織学的リスク分類(表4)は、手術標本を用いたKi67標識率(細胞増殖能)から見た予後分類です。甲状腺腫瘍を、再発転移のほとんどない境界腫瘍、取れば治る低リスク癌、10%程度以上に術後再発する中リスク癌、高頻度に再発転移し5年生存率50%程度の高リスク癌に分けています。術後の経過観察/治療方針策定に役立てていただきたいと提案しています。この分類の『境界腫瘍』と『低リスク癌』は、Essermanの『IDLE』や、Welchの『very slow growing cancer』と重なる部分が多いと思われますが、定義上は同じものではありません。

腫瘍の増殖能を評価する方法にはいくつかの方法があり、甲状腺癌の手術適応の決定、手術の根治性の判定、術後の予後予測、再発例の予後予測にすでに用いられています(文献17,23)。1)術前、2)術直後、3)再発/転移例の術後経過観察の異なる3時点で、増殖能がどのように測定/評価可能か、増殖能から見た予後予測/判定方法を表5に示します。(表5)

 病理診断で何がわかるか?

<<覚道

表2と、この表5を用いて、北山君の甲状腺癌の発見、診断、治療、根治性判定、予後予測の経過をもう一度説明しますと、

北山君の場合、術前には最大3%以下の確率ですが、高悪性度の癌(悪性リンパ腫、髄様癌など)である可能性がありました。これを見逃さないために、高悪性度の癌でないことを細胞診で確認しました。細胞診で乳頭癌と診断し、高悪性度の癌を否定することが出来ました。

治療的に甲状腺腫瘍とリンパ節を摘出し、低リスクの腫瘍であることを確かめることは、患者の精神的安心に有用です。5%以下の確率ですが、表1の乳頭癌の高悪性度亜型、表4の中間リスクの癌の可能性がありました。これを病理組織学的に否定できました(通常型の乳頭癌であると判定)。さらにKi67標識率で増殖能が低いこと(増殖能から見た低リスク癌)を確認しました。手術標本からさらにわかることは、手術の完璧性の評価です。きっちり/根治的に摘出できていることを確認する(リンパ節被膜、甲状腺被膜を越える浸潤がないこと、断端が陰性であること、術後のサイログロブリン(TG)値が低値であることを確かめる)ことは重要です(注5)。手術が不完全な場合(癌の取り残しがあると)、再発リスクに大きな影響があります。これら全てを確認し、再発転移、癌死の可能性が極めて低い群と分かった点は、患者のこれからの人生設計に、大きな心のゆとりを生み出したと思っています。これらを確かめることを目的として、これ以上の経過観察ではなく、北山君に手術することを奨めたのです。

 <<北山: なるほどです、術前に感じたことを思い出したのですが、病理診断には手術標本が必要なので手術しないと確定できない、というのは残念に思いました。もしエコーとか穿刺細胞診でゆっくり増殖するカメであると分かり、治療の必要なウサギか判定/区別できたらいいなと思いました。でも現時点ではそれが無理なら、自分の甲状腺癌が(たぶんカメだろうけど)、可能性は低いけど手術して術後標本をみなければ高リスク癌のウサギの可能性を排除できないということなら手術を選びます。治療という意味でなく、確定診断のためだけでも手術をして確かめたいと思います。覚道先生のおっしゃるとおり、治療的に摘出し、低リスクの腫瘍であることを確かめることは、患者の精神的安心に役立ちます。術後の確定診断で予後がよいと教えてもらえることが重要で、その後生きている間中の精神状態に関わる大変重要なことですね。もし手術をしなくても、自分の腫瘍が本当にカメとわかると最高ですけども、まだ無理なのですね。手術しなくてはいけないとしても、カメだったよ、と教えていただくだけで相当うれしいです。説明を聞くまで、病理組織診断の意味を私はよくわかっていなかったので、再発の恐怖が、今まで精神的に大変ストレスとなっていました。説明を伺って安心して、今ようやく精神的に開放されました。 <<覚道 Ki67標識率で、患者の未来を予測できるという私の理論を理解してくれて、大変うれしく思います。北山君も、70歳まで健康寿命があると考えて、これからの人生設計を考えてください。もちろん子供たちの成人式も、孫の顔も見ることができると思います。 患者に安心してもらうために <<北山

考えてみると皮膚科にも同じような疾患があります。基底細胞癌は取れば転移/再発せず、完治する腫瘍です。しかし臨床診断が基底細胞癌でも、確定診断には全摘出標本の確認が必要なので、皮膚科ではとりあえず全摘出して、病理組織標本をみて基底細胞癌の診断を確定させます。その上で、『やっぱり大丈夫でしたよ、基底細胞癌と確認できましたよ、すべてとっていますので、もう根治したと思ってもらって大丈夫です。』と患者に安心していただけるように説明するという流れです。再発転移の恐れのある癌と、摘出で完治する癌を、皮膚の癌では、診断名で明確に区別しています。甲状腺癌でもこの区別を明確にしてくれたら、患者はもっと安心できる/精神的に楽になれると思いました。

 <<覚道

乳頭癌の80%以上には術後再発は起こらず、病期Ⅰの乳頭癌の99%以上には腫瘍死は起こらないのですから、再発/腫瘍死があり得る癌と再発/腫瘍死が皆無の癌を区別せず、両者を乳頭癌と名付けたのは『困ったこと』と思っています。これらを区別せず乳頭癌と命名したことによって、北山君が体験したように、多くの患者が『再発/癌死亡の恐怖』におののき、相当数の患者が必要のない過剰な外科治療や、術後の放射性ヨウ素の内用治療を受けています。2015年に、非浸潤性被包型乳頭癌濾胞亜型の予後を明らかとし、名称を変更する国際会議が米国ボストンで開催されました。Kathryn B Wall(Thyroid Cancer Survivor Association Inc.)が、患者代表として参加し発言しました。彼女は、『被包型乳頭癌濾胞亜型が非浸潤性である時、再発しないのであれば、癌という言葉を診断名に入れないことを、患者として強く希望する。』と意見を述べました。その結果NIFTPという診断名が生まれました。患者からもっと意見を聞く必要があると思いました。 私はこの低リスクの腫瘍を癌と呼ばない(境界腫瘍と名称変更を提唱する)活動をしています(文献24-27)。しかし外科医からも、病理医からも、『患者が死なないから癌ではないというのはおかしい』、『転移があるのだから癌だ』、『癌ではないと思った患者が、術後の経過観察に来院しなくなると患者にとって危険だ』、『がん保険が使えないと患者が困る』、『万一再発して患者に訴えられたら、だれが責任を取るのだ』、癌にしておけばいいじゃないか。癌として治療する方が医師も患者も安心だし、『病院収益は癌として治療する方がいいのだから』など、反対意見があり対応に困っています。 北山君の皮膚科領域の診断方式(皮膚癌を、再発が皆無の基底細胞癌と、再発が時として起こる扁平上皮癌に、異なる診断名で区別する)が、この解決策としていいのかもしれません。甲状腺領域で私は、再発しない腫瘍(微小乳頭癌、被包型乳頭癌、微少浸潤濾胞癌)を癌から分離/独立させて、境界腫瘍(UMP, NIFTPやNEPRAS)としたのですが、臨床医/病理医の間には、癌と呼ばないこと/癌でない腫瘍として手術しないことに抵抗があるようです。そのため、低リスク癌/中間リスク癌/高リスク癌と区別することを考えたのですが、患者が死ぬ癌と、死なない癌を、明瞭に区別したわけではありませんでした。北山君が提案するように全く違う名前を用いて、患者が死ぬ癌と、死なない癌を明瞭に区別する方が、患者に分かりやすいのかもしれませんね。 本文注釈

注1:超音波画像での診断は甲状腺乳頭癌でした。超音波で形状不整、被膜/境界不整、内部エコー不均質、微細石灰化等は超音波検査で乳頭癌を疑う所見です。

 注2:1センチ以下では手術しない選択肢もあるが、1センチ以上のものは手術治療が適応とされ、リンパ節転移/甲状腺外浸潤があれば、通常手術が奨められる。

 注3:甲状腺全摘出と一側の葉切除(反対側を残す手術)では、患者の負担(表3)に大きな差があるため、可能であれば、反対側を残し、病変のある側の葉切除が望まれる。欧米では1センチ以上の乳頭癌の80%以上の患者が甲状腺全摘出術を受ける(文献22)。しかし日本では大部分の患者は葉切除で治療される。本例は両側に病変があるため、両方を切除(甲状腺全摘出術)する必要があると判断された。

 注4:甲状腺癌の予後は良好な腫瘍で、伊藤らの報告(文献4)では、病期Ⅰ期の乳頭癌の10年腫瘍特異的生存率は99.8%、20年腫瘍特異的生存率は99.3%である。この予後は癌のない人とほぼ同列の予後である。甲状腺癌は癌と呼ばれているが、他の胃癌、大腸癌、肺癌などと全く異なる予後を示す癌である。例えば病期Ⅰ期の肺癌では5年腫瘍特異的生存率は80%以下で、20%以上の患者が5年以内に腫瘍死するのに対し、甲状腺癌では、20年以内に0.7%の患者が腫瘍死するにすぎない。どの年代でも20年間で死亡する可能性は2%以上あり、病期Ⅰ期の甲状腺癌患者では、大半の患者は甲状腺癌以外の病気で死亡することになる。

 注5:正常の甲状腺濾胞上皮、良性の濾胞腺腫と高分化癌(乳頭癌、濾胞癌)は、サイログロブリンを産生し、血中に分泌する。これを利用して、血清中のサイログロブリンが甲状腺癌の腫瘍マーカーとして用いられる。甲状腺を全摘した患者には甲状腺組織がないので、サイログロブリンは通常低値(2 ng/ml以下)となる。しかし、転移や癌の再発、甲状腺組織が残っていた場合に増加する。この値の変化は腫瘍組織の量(成長速度)と相関すると考えられ、サイログロブリンの倍化時間が、甲状腺癌の増殖能の判定/予後予測に用いられている(文献23)。

 文献

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アジアと欧米の診療の違い

2017/11/23

医学は科学として東洋と西洋での差はないはずです。しかしこの年齢になって分かったことは、医療の方針や、実際の診療には国ごとに大きな差があることです。一般的に患者の遺伝的背景、生活習慣の違いにより疾病の頻度や予後の違いがあることが知られています。また社会の経済状態の差や、医療資源の制約などで、異なる医療方針があることも理解しやすい原因と思われます。しかし、宗教、倫理観、道徳観の違いによっても医療に大きな差が生まれることに気付きました。これを2つの論文としましたので、英語ですが、興味のある方はご覧ください。自由にダウンロードできます。しかし患者にとっては大きな違いであると思います。
  1. Kakudo K: How to handle borderline/precursor thyroid tumors in management of patients with thyroid nodules. Gland Surg 2017. doi: 10.21037/gs.2017.08.02

  2. Kakudo K, Higuchi M, Horokawa M et al.: Thyroid FNA cytology in Asian practice – Active surveillance for indeterminate thyroid nodules reduces overtreatment of thyroid carcinomas. Cytopathology 2017; Nov 2. doi: 10.1111/cyt.12491. [Epub ahead of print]

アジアの細胞診特集

2017/11/20

甲状腺細胞診のワーキンググループを2016年に結成し、2017年には韓国釜山市でのAOTAで、発起集会を開きました。その時に決定し、メンバーの協力のもとに、Journal of Pathology and Translational Medicine  に特集Current Practices of Thyroid Fine-Needle Aspiration in Asia を刊行することができました。(http://jpatholtm.org/current/?vol=51&no=6​).をご参照ください。医学は科学であり違いはないのですが、社会的背景、倫理観、経済的背景の差により、医療は国ごとに異なっていることが明瞭にわかる特集となりました。今まで、欧米から出されたガイドラインの多くをそのまま移入してきましたが、多くの違った結果を得て、その原因がわからずに過ごしてきました。多くの原因は患者群の違いであろうと推測されてきましたが、別に大きな問題があることを、甲状腺結節診療で明らかにしたいと思っています。興味を持っていただいた方は以下をご参照ください。Open Access ですので、自由に見ることができます。
  • Kakudo K, Higuchi M, Hirokawa M et al.: Thyroid FNA cytology in Asian practice – Active surveillance for indeterminate thyroid nodules reduces overtreatment of thyroid carcinomas. Cytopathology [Epub ahead of print].
 

NIFTPがとうとう出版されました。

2016/04/15

ニキホロフ教授による国際ワーキンググループの成果がとうとう日の目を見ました。4月14日付で、JAMA Oncolに出版されました。Open Accessですので、どうぞご覧ください。同時にエディター(Patel, KN)のコメントも追加されました。驚いたことに、The New York Timesが、http://www.nytimes.com/2016/04/15/health/thyroid-tumor-cancer-reclassification.html. さっそく取り上げてくれました。これで、甲状腺病理診断が変わると考えています。

覚道甲状腺病理診断室の開設のお知らせ。

2015/09/17

このたび大阪市のすみれクリニック内に、覚道健一甲状腺病理診断室を開設いたしました。http://www.thyroid.jp/thyrocyte  をご覧ください。内部の標本だけでなく、他施設の標本についても(有料ですが)、診断、コンサルテーションをお受けする体制をとっています。今までは組織標本を中心にコンサルテーション体制で対応していましたが、細胞検査士の応援も得て、甲状腺細胞診に特化した細胞診断を運営したいと企画しています。検査所でのクラス3、鑑別困難の多い(検体の半数が結論の出ない診断のような例をうかがっています)安全運転のため、あいまいで結論の出ない細胞診に満足されていない方々に、臨床に役立つ診断方式(日本甲状腺診療ガイドラインによる)での細胞診断を提供いたします。甲状腺細胞診に特化した診断を提供できる施設は、当施設以外には、ほぼ皆無と思います。11月スタートを予定しています。ご利用ください。
ResearchGate(Kennichi Kakud) Better Treatment 最適医療 (社) 日本病理学会 教育委員会編集 病理コア画像 和歌山県立医科大学人体病理学(第2病理学)教室 バーチャル臨床甲状腺カレッジ