医療の不確実性

2011/09/14 11:10

医療は、病気の内容がすべて明らかになってから、治療を開始できるものばかりではありません。
救急医療のように、苦しんでいる患者があれば、何が起こっているかわからないまま対処/治療することは当然普通にあることです。また子供の発熱のように対症的治療をしながら、患者の経過と治療への反応を見ながら、さらに治療が必要な重篤な疾患か、自然に回復する見込みの病気であるかをみることもあります。しかしながら、これらとは異なる次元の、以下の3つの事例を、個人的に体験いたしました。一般社会の皆様、患者としてこれから治療を受けられる皆様は、これらの事例をどのように受け止められるでしょうか?これら事例から学ぶこと、もっと賢明な選択がなかったか考えてみたいと思います。(注:肺小細胞癌、肝細胞癌、膵臓癌は、1年程度で死亡することが予想される病気です。以下の3名の患者はそれぞれの病院で例外的な長期生存者です。)

症例1:
30代男性。会社の検診にて胸部異常陰影が指摘され、A大学付属病院へ紹介されました。前縦隔の腫瘤に対し、内視鏡的に生検が行われ、『肺小細胞癌の転移』と診断されました。肺内に腫瘍病変が確認できなかったにもかかわらず、転移病変があることから化学療法と放射線治療が行われました。縦隔の病変は消失し、患者は治療後約20年生存中です。腫瘍の再発はありません。
症例2:
30代男性。肝臓に病変が指摘されB病院へ紹介されました。肝臓に対する針生検で、腫瘍性病変は確認されませんでしたが、血管造影にて肝臓癌と診断されたため、化学療法を受けました。肝臓の腫瘤が縮小したため肝部分切除術を受けました。肝臓には癌は認められませんでした。患者は術後約15年生存中で、肝臓その他に再発は見られません。
症例3:
50代男性。C民間病院を受診し、画像診断により進行期膵臓癌と診断されました。手術を勧められ、余命6カ月と家族への説明がありました。D専門病院へ紹介され、開腹手術を受けましたが、摘出できなかったため、手術は膵臓には手を触れず、消化管のバイパス造設に終わりました。術後15年健康に再発兆候なく生存中。主治医からは、『膵臓の病変は摘出できなかったので何か分かりません。幸いに癌ではなかったようです。』と説明されています。

術後5年程度たった段階で、症例1,2について、病理組織標本が寄せられ、患者から、私の意見(セコンドオピニン)が求められました。私の病理診断は、症例1については胸腺腫(予後の良い腫瘍です)、症例2については、切除された肝臓の組織標本中には腫瘍はない(もともと腫瘍でないか、性質の良い腫瘍であったため、治療で腫瘍が消えた可能性があります)。いずれにしても、このような激しい治療は必要がなかったと考えられます。下された悪性の診断と、行われた治療は、これら3名の患者にとって、その後の人生に大きな影響があったと推定されます。

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『私が患者だったら』

このホームページを立ち上げた個人的理由、病理診断のセコンドオピニンを始めた理由を説明いたします。

約1年前、退職を控えた私は、初めて人間ドック検診を受けました。いくつかの指摘とともに、命にかかわる発見がありました。それは腎臓に小さな腫瘤が、エコー(超音波画像)検査で見つかったことです。
専門的な話となるのですが、腎臓の腫瘤は90%以上が腎臓癌です。腎臓癌は予後の大変悪い腫瘍で、外科的対応が至急必要な疾患です。しかし腎臓癌に特異的な腫瘍マーカーがないため、腎臓の腫瘤が、癌であるか、良性腫瘍であるか、臨床的な方法では区別できません。近年の画像診断の進歩とともに、多数の腎臓腫瘤が発見され、結果として多数の患者が、腎臓摘出術を受けることとなりました。その約10%の患者は摘出の必要のない良性病変で、これは過剰な治療となります。医学の世界では現在大きな問題となっています。
私のとった方法は、1)さらに精密な画像情報を得るため、造影CTと、MRI検査を追加しました。しかし結果は、良性の可能性は高いが、(良性腫瘍には稀な所見があり)放射線科の医師のコメントとして、『腎臓癌の可能性は否定できない。』と診断されました。私のとった方法は、2)約1年の経過観察(大きくなるか?何もしないで見ること)でした。もう一つの選択肢は、体外から細い針を腎臓に刺して(針生検)、腫瘍を病理組織学的に調べることですが、私は選びませんでした。理由は、腫瘤の場所が悪く、出血などの危険があったからです。

約1年後、腫瘤の大きさは変化しませんでした。しかし放射線科の医師は『腎臓癌の可能性を否定できない。』と重ねてコメントしました。あなたならどうしますか?

『ここからは、患者の選択となります。』

選択肢は1)腎臓癌として手術する。2)経過観察する。などです。私の選択は1)の手術でした。腫瘍が小さいこと、被膜のある(良性の可能性が高く、癌であっても低悪性が予想される)腫瘍であったため、内視鏡的に腎臓の部分切除術を選択しました。これ以上経過観察を選択しなかった理由は、約15年前、腹部エコー検査を受けており、この時には腎臓の病変は発見されておらず(良性なら以前からあったはず)、新たに発生した病変の可能性があったからです。

手術の結果、腫瘤の病理組織診断は、良性の血管筋脂肪腫でした。癌であれば、できるだけ広く取ったほうが良いと考えられます。癌の時は、癌を含めて腎臓全体を取った方がよかったかもしれません。しかし私の場合のように良性の可能性が高く、病変を摘出し、病理組織学的に確かめることに主眼があったため、部分切除にいたしました。なぜなら腎臓1個を摘出すると、腎機能が半分になることから、その後、腎機能低下、高血圧などで、寿命を短くする可能性があるからです。これを避けることと、合わせて、良性か/悪性か不明のまま病変を持ちつづけることの悪影響を取り除きたいと考えた選択です。(結果的には、手術の必要性はなく、上記の3症例と同じく、過剰な治療でした。しかし大きな違いは、ダメージを最小限にすることを心がけた選択であることです。)

このような専門的知識を必要とする判断を、患者にすべて任せている(押し付けている)のが現在の医療です。『すべて説明したのだから、患者の自己責任ですよ』と、突き放しています。(病理医だけでなく、その他の臨床医によるものも含めて)セカンドオピニオンは、これらの問題の一部を解決してくれる良い方法と、私は考えています。上記の症例1-3の患者でも、治療開始前に専門家のセカンドオピニオンを求めておれば、少し人生が変わった可能性があります。そのような役割が果たせたらと考えて、このHPで『患者からのセカンドオピニオン相談』を始めました。

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